四方山話
 

  桃栗三年柿八年、技は十年、芸は一生、やきものは一生半。志野を焼く度に師の口癖だったこの言葉を思い出します。やきものは生れ変ってもう半分位やらないと良く分からないということの様です。志野を焼く度に、この師の口癖にこっくりうなずいてしまいます。僅か70cm×110cm×80cm(高さ)の炉内空間で多種多様な発色を見せる。前回、前々回・・・・その焼成の度に発色が異なる。経験を積めば積む程、わけが分からなくなる不思議なやきものです。それなのに魅力的な志野は一目で判別できるというその単純さが恨めしくなります。

  さて今回の新作3点、「黒織部茶入」蓋に志野を取り付けてみました。茶道を何も分かっていない者が作った茶入と揶揄されてしまうだろうか。この茶入破天荒な茶人の手に渡り、茶席で取り上げて戴いた姿をそっと眺めてみたい様な気がします。

  「白雪志野茶碗」「水指」は、これまでになくその白さが際立ち、既存の志野からより差別化を図れた思いがしています。ただ独自のものだからと言うだけで、手放しで喜べるものでもありません。我々の先人がそうであったように、日本人の心に自然に受け入れられるような趣、風雅、品格を備えていなければなりません。志野とはそういうやきものだと思います。となればこの志野まだまだ課題山積と言った所でしょうか。


                                                     (06/28/2005)


「白雪志野茶碗高台」
高台
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